買い物依存症。でもミニマリストになりたい。

買い物依存、ミニマリスト、相反する要素を包括、葛藤を綴るブログです。 買いたい。 でも貯金したい。 持ちたい。 でも増やしたくない。 そして、雨後の竹の子のように数多存在するミニマリスト本、お片づけ本、捨て本、シンプル本、そんな本を読んだ場合の感想など。 その他もろもろ。 どうなっていくかわからないブログですが、よろしくお願いいたします。

生活レベルを下げてみるということ。

物欲まみれの私ですが

質素な生活、清貧ということに

憧れがあります。

先日語った『感謝祭のお客』のミス・スックのような考え方。

生活に不自由している人のことを考えると

なんの危機感もなく物欲だけの自分の生活というのが

愚かに思えるし、

今後、仕事を失って

お金を作ることができなくなり、

現状維持できなくなる可能性だってあるので、

そこに向けて、

今のままの生活態度ではいけない、

と思っています。

 

足るを知る。

モノを大切に扱う。

物欲・所有欲に振り回されずに、

自分の時間、友人、家族を大切にする。

モノを買うときは、本当に必要か、

本当に気に入っているか

見極めて焦らず慎重に。

ミニマリストの中でもこういう考え方の人が好きです。

やはり別格かなと思うのが

ドミニク・ローホーさんです。

彼女の著作は幾つか読んでいて、

いろんなミニマリス本の中でも

かなり私の理想に近いので、

別途触れたいと思います。

 

生活レベルを下げる、

というのは一種の方法です。

これはミニマリストの方たちの生活で、

モノを少なくするために

何かで代用する、という方法に

ちょっと似ている気がします。

例えば、味噌汁用のおわんを持たず、

マグカップで代用することや

タオルを持たずに

手ぬぐいで代用するなど。

用途ごとにモノを揃えるのは素敵ですが、

上記の例は、それよりも

モノのない空間、

モノを管理しないことでできる時間、

などを優先しています。

なければないで、どうにか過ごせます。

 

そうすることによって、

モノがないことが当たり前の日常になり、

なくても不満がなくなります。

多少の不便を許容できるかどうか

それは人それぞれなのですが、

今の私は、

その不便をあえて感じたい衝動に駆られています。

 

それって余裕のある人

(一般的にも決して裕福ではないのですが(^_^;))

の貧乏ごっこなのでしょうか。

私としては、そういうつもりではなくて

なんでもかんでも手に入れて、

衣食住全てが贅沢って、

そういった家庭で育っていないので、

そうできたとしても罪悪感があるのですよね。

たまのご褒美はいいとしても、

やっぱり、

お金は貯めるべき、

使わないことがいいこと。

みたいなのが小さい頃から

考え方としては染みついているので。

 

だから買い物依存症の自分が許せないのですが、

大学生の頃は、こんなじゃなかった、

もっと買い物の時にためらっていたし、

まず買おうとも思っていなかった、って。

だから、慎ましくして、

堅実な消費をすること自体が、

元の自分に戻ったような、

今、自分は正しく生きているな、

っていう安心感が得られる、

というか。

 

もうすぐ7月で魔のセール時期ですが。

30%オフには耐えられても

50%オフになっていると

リミッターが外れたように買ってしまう私。

今季はどうなることやら。。

 

①太っている自分に嫌気がさしていて、服を買おうと思えない

②ものを買わないでいる、堅実に生きている、という安心感が欲しい

 

この二つの理由で、今まで10年以上継続して

手を出さなかったことがない

セール時期を乗り越えられるのか。

乗り越えられないのか。

その場合、何を買ったのか。

また報告したいと思います。