買い物依存症。でもミニマリストになりたい。

買い物依存、ミニマリスト、相反する要素を包括、葛藤を綴るブログです。 買いたい。 でも貯金したい。 持ちたい。 でも増やしたくない。 そして、雨後の竹の子のように数多存在するミニマリスト本、お片づけ本、捨て本、シンプル本、そんな本を読んだ場合の感想など。 その他もろもろ。 どうなっていくかわからないブログですが、よろしくお願いいたします。

エルメスとキタムラ。どちらも大切なわたしのバッグ。

わたしの持っているバッグで

いちばん高価なものは

エルメスのケリーです。

バッグの中で、というより

全ての所持品の中で

いちばん高価かもしれません。

 

10年前は、

エルメスのバッグを

自分が買うなんて、

いや、欲しいと思うことさえ

想像もしていなかったのです。

 

けれど数年前

友人に連れられて行った

エルメス銀座ブティックで

カタログの中のケリーに

心を奪われてしましました。

 

それからエルメスやケリーについて

いろんなことを調べているうちに

もっともクラシカルな

ケリーの原点とも言える

ルージュアッシュの32センチに

出会えたら、と妄想が始まり

それから2年ほど探し続けて

ついに出会うことになりました。

 

そうやって私の元に

来てくれたバッグだから

今後も、おばあちゃんになっても、

使っていくつもりなのですけれど、

今でも自分には

分不相応だな、とも思っています。

 

自分の年収、社会的身分、貯金、

どれを取っても、

どれと比べても

この価格、

そしてエルメスのケリーという格に

自分は似つかわしくない。

背伸びしまくって買ったバッグでした。

 

見ているだけでうっとり

開け閉めするだけで心が躍る。

こういったバッグを持つ時の

独特の緊張感。

持って出かければ、

見る景色すら

変わってしまうくらいの

自分のテンション!

 

特別な気持ちにさせてくれる

このバッグを

私は大切に思っているし、

少しでも似合う自分になりたい、

と思ってはいるのですが

一方で、最近は自分の身の丈に合った

モノ選びの重要性にも目覚めました。

 

例えば、去年のチャーミングセール

(横浜元町独自の歴史あるセールです)

の時に買った

キタムラのバッグ。

 

f:id:mejiromeikyuu:20180227175325j:plain

 

はじめは、価格が手頃で

雨の日でも気兼ねなく使える

と思って買いました。

これは一応フォーマル用なのですが

通勤やデニムにも合う優れもので

今、私がケリーと同じくらいの頻度で

使っているバッグです。

 

ケリーとキタムラとでは

持つ時の気分は全く違います。

ケリーは先ほど書いたように

ある種の高揚した特別な時間をくれる。

 

一方、キタムラは

ブランド、品質、価格のバランスが絶妙で

安すぎず、高すぎず。

ハマトラが流行った頃は

元町のお嬢さん、女子大生の定番

だったようですが

今でも幅広い年齢層の方がお持ちです。

 

どんなシーンに持って行っても

恥ずかしくない。

けれど決して出しゃばらない。

それがキタムラの特徴だと思います。

キタムラといえば、

まずこのネイビーですが、

パステルカラーも充実しています。

 

流行り廃りのない

老舗ならではのきちんと感に

軽快でハイカラなデザインと

カラフルな色遊びに

横浜の風を感じさせます。

 

キタムラのバッグを持っていると

なんだかすごく安心するのです。

ハンカチやシャツに

丁寧なアイロンをかけた時のような

とりとめもない日常の中にこそある

充実感、を感じさせてくれます。

 

仕事をして、家事をして、

支払いやメンテナンスも滞りなく

清潔に、堅実に

けれど趣味やたまのご褒美も楽しむ。

そして身の丈に合ったモノ選びをする。

 

私はそういう生活を

目指しているんだ、

一見起伏のない日々こそ

今の私の身の丈に合った

幸せなんだ。

そう思わせてくれるのです。

 

ときめく非日常と

尊い日常と。

どちらも大切にしていきたいです。

 

こんまり式で断捨離できなかったら、ごんおばちゃま。『明日死んでもいい片付け』

ごんおばちゃまのメソッドは

毎日30分と決めて

所定の場所だけを片付けます。

 

1日目 玄関

2日目 リビング

3日目 キッチン

4日目 クローゼット

5日目 押入れ

6日目 洗面台 

と順番にその場所だけを見て、

使っていないものを

『抜く』作業です。

 

1日目〜6日目まで終わったら

7日目はまた玄関に戻ります。

このようにして

3巡、18日間で

ひとまず終了です。

 

最初、この本を

本屋さんでちらっと

立ち読みした時には

特に印象に残らず、

要するに

毎日ちょっとずつ

片付ける、っていうことだよね、

としか思わなかったのですが、

図書館で借りて

ゆっくり読んで

実際やって初めてわかりました。

2chに専スレがあるわけだ、とw

 

そのメソッドだけでなく、

ごんおばちゃまの本は

語り口が柔らかく丁寧で

読んでいてスッと入ってきます。

私は、断定的で上から目線の本も

それはそれで好きなのですが(笑)

こういう優しい本も

癒し効果があって

疲れている時には

いいなーと思います。

 

毎日30分、というのは

忙しくてもできる、

嫌にならない、

つまりルーチンを

継続しやすくするためで、

この時間で区切るという方法が

クローズアップされがちですが、

私的には

繰り返し同じモノを見る、

とうところが

いちばんのポイントだと

感じます。

 

1巡目、2巡目、3巡目、と

同じモノを見て

その都度、

使っている、使っていない、

を判断することで

前回は使っていないけど

まだ捨てられない。。

と思ったものでも

今回は、やっぱりもういらない、

と自然に手放すことが

できるようになります。

なぜかはっきり説明できませんが、

やってみると

本当にそうなのです。

 

この部分は

こんまりさんと真逆のメソッドですね。

こんまり式は、

一気に終わらせる、

モノを手に取った時の感覚、

その瞬間のときめきの有無で判断します。

 

対して、ごんおばちゃまは

同じものを何度も

日数をあけて、見て判断します。

1巡目には捨ての対象に

ならなかったモノが

2巡目で違和感を感じ、

3巡目には、

好きだけれど

やっぱり使っていないな、

など、ムズムズ感が

徐々に増してきて

手放そう、となるのですね。

 

『使っていない、

使う予定もないのに、そこにある』

という当然の違和感が

蓄積していき、

もったいない、捨てたら後悔するかも、

などというある種の理性を

自然に溶かしてくれる感じです。

 

私の場合、悩みは主に服なので

ごんおばちゃまを

勝手にアレンジして

毎日30分、

押入れの中の洋服だけを

見ているのですが、

1回目は、

今は着ていないけどデザインが好き、

と思っていた服が

4回目くらいで、

好きだけど

今は他のデザインの方が

もっと好きだし、

未使用だから手放せなかったけど、

今後着ることがないかも、、、

という服が徐々に出てきて、

またフクサポに寄付することにしました。

 

今まで手放すと決めて

目の前からなくなった服について

手放さなければよかった!

ということは、ほとんどありません。

手放す前に、

すごく執着していた服についても、です。

逆に、すっきり清々しています(笑)

 

やっぱり服、モノが多いと、

知らず知らずのうちに

精神が縛られるんだな、

と思いました。

 

これで未使用の服も

120着から100着になりました。

まだまだ多いですが、

これはまだ、痩せたら着たい!

と思える服たちなので、

無理に『抜く』ことはしません。

今年の夏が楽しみです(笑)

 

カレン本再読。断捨離はやはり、心の問題に終始する。

断捨離したい、片付けたい、

と思っているけれどなかなかできない。

私も含めて、そんな人を

阻んでいるものは、自分自身の心です。

 

使う使わない、ときめくときめかない、

そうやって判断まではできたのに、

でも手放すということが、できない。

 

手放すという行為自体は

ごく簡単なことです。

新品同様のものであれば、

売ったり譲ったり、

使用感のあるものなら

地域の分別に従って

ゴミに出すだけです。

 

でもそうしないのは、自分。

高かったから?

もったいないから?

思い出を失いたくないから?

 

この思い出、というのが

いちばんやっかいです。

思い出を手放したくないから、

捨てられない。

でも

いちばん手放したくないものは

過去の思い出なのか、

それとも、

現在、未来の自分の

新しい人生なのか。

 

そもそも、

私は何で断捨離しようと思ったのでしょうか?

何が自分にとってのゴールなのか。

もう一度考えてみました。

 

最初は漠然と、

部屋が汚いからスッキリさせたい、

服の買い物依存を治したい、

怠惰な生活態度を改めたい、

などと思ったのがきっかけです。

 

でもその気持ちを

もっと深く掘り下げてみると

今の自分に満足していない、

過去に失った時間を忘れられない、

という二つの根幹がありました。

非常に後ろ向きです。

 

それを変えたい、

過去でなく現在と未来を

しっかりと充実させていきたい。

今はそれが目標です。

 

昨日、カレンキングストン

『ガラクタ捨てれば自分が見える』

を再読しました。

まだ断捨離がブームになる前に

読んだもので、

断捨離、ミニマリスト本の

先駆けと言っていい本です。

 

この本は風水整理術、

となっていますので

占いに興味がない方は手に取らない

かもしれませんが、

それで終わらせるには勿体無い本です。

 

実際、私も占い風水関係、

一切興味がないのですが

この本を読むと

どんなものが自分にとってのガラクタなのか、

そこかから考えさせられます。

 

『これを見たり思い出したりしたら、

私は元気になるかしら?』

私が知り合ったある女性は、

引き出し何段分も古いクリスマスカードと

誕生日カードでいっぱいになっていて

これらには思い出があるから

とても捨てることはできないと

思い込んでいました。

ですが実際に彼女がそれを手にとって

読み始めると、

彼女は幸福だった日々を思い出して

どんどん悲しくなっていきました。

 

うちには過去関するものが多いです。

いい思い出とは何でしょうか?

”いい思い出”が

必ずしも今の自分を

楽しくさせるとは限らず、

昔に戻りたい。

と悲しい気持ちにさせることもあるのです。

私の場合がそれです。

 

今の自分が嬉しくなるもの、

元気になれるもの

気分が高揚してハッピーになれるもの。

そういうものだけを

残しなさい、というのが

カレンの教えです。

それが何であっても

見ていて悲しくなるようなものは

思い切って手放しがほうがいい、と。

 

私はまだそういった思い出のものを

まだ捨てられないでいます。

具体的に言うと、

大学時代3年くらい不定期につけていた

日記数冊。

そして、大学のサークルの部室ノート。

 

これは部室に、

何十冊と溜まって放置されていたのを

卒業する時にこっそり一冊

抜き出してきたものです (^◇^;)

このサークルは数年後、

後継者が途絶えて

無くなってしまったので

これが現存する最後の一冊かと思います。

私と同じように

こっそりノートを

持ち帰った人がいなければ。

 

カレン本は風水が中心ですが、

カレンの言う、潜在意識の話、

表面上、自分の意識にはなくても

潜在意識で気にかかっているものがある限り

今に集中出来ない、

というのは理にかなっていると思うのです。

部屋は表面上片付いているのに、

なぜか心がすっきりしない。

それは、潜在意識で何かが引っかかっているから。

 

特に、過去のもので、

悲しくなるもの、今を否定したくなるものは

自分のパワーを削ぎます。

そして過去のものを

管理しているということは、

その分、精神的なキャパを狭め、

現在、未来に当てられるべき余裕を

奪ってしまうのです。

古いものが居座っている限り、

そこに新しいものが入ってくる

余地はない、ということです。

 

最後に、迷った時のカレンの一言を。

 

『あなたの選択はすべて正しい』

たとえあなたが後で捨てたことを後悔したとしても、

それを処分する選択をしたのはあなたの内側にいる

『大いなる自己』ですから、時間が経つにつれて

それが手元を離れなければならなかった理由のあったことを、

理解することができるでしょう。

  中略

あなたの選択は、全て正しい選択なのです。

本当に大切なのは、

選択ではなくてあなたがそう決めた理由です。

 

 

 

ユニクロを卒業したい。

プチプラ服を駆使して

お洒落に着こなすコーデが

巷でもインスタでも

すっかり定番ですね。

スタイリストさんや

人気ブロガーさんの

そういう本も出ています。


安価なものを工夫して

素敵に見せることは

センスのある証拠だし、

堅実で素晴らしいと

思うのですが、

高見え、っていう言葉は

何だか虚しいのですが。。

何より、

個人的に飽きてきました。


もう3年近く

ユニクロなどファストファッション

買いまくっていましたが、

買った時は確かに可愛い!

と思っていたんだけど

1ヶ月もたつと

気分が色褪せてくる、

飽きてしまうのです。


それが、ユニクロだからなのかは

分からないのですが、

大切にしよう、長く着よう、

という気持ちになれないのです。

どうせ安かったし、

という気持ちが心のどこかに

あるのでしょうか。


だからと言って

高いブランドものの服で

揃えましょう!

と言いたいわけではないのです。


生き物を飼うときのように、

それがセントバーナードでも、

縁日で釣った金魚でも、

本当に、

一生愛して

一生面倒見られる?

と何度も自問自答してからじゃないと、

もう服は買いたくない、

と最近は思います。


ユニクロが悪いわけじゃないのです。

ユニクロに飽きた、

というか、

疲れたのだと思います。

あの熱気のある売り場の感じも、

大量の商品展開も。。


ユニクロに限らず、

大量生産の服の在庫は

きっとものすごいのでしょう。

どんなに叩き売りしても

売り切ることはまずできないくらいに。


ユニクロ古着回収と

寄付をしているくらいですから、

売れ残りも寄付している

のかもしれませんが、

それでも何割かは

どこかのタイミングで

廃棄になるんだろうな、

と思うと悲しくなります。

実際、H&Mは年間12トンの在庫を

焼却処分しているそうです。


商品になるために

綿花や羊が育てられて、

それを紡績する人がいて、

縫製する人がいて、と、

たくさんの工程で

やっと出来上がった服。

そう思うと、

もったいなくて、可哀想で、

こんなにたくさん作らなければいいのに、

とつい思ってしまいます。

余計なお世話ですけれどね。


まず、自分に言いたいのですが、

服に限らず

モノを消費し過ぎですよね。

なぜ、もっとモノを大切にできないのか。

何でも新しく買い換えればいい、

というものでもない。


貧しかった日本人のDNAが

しっかり根を張っているのか、

大量の商品を見ると、

売れ残りの姿を想像して

もったいなく、

可哀想に感じてしまうのです。

一方で、

飽きっぽい自分がいて、

とても矛盾した

いたたまれない気持ちになります。


今年は

大量生産のお店では

なるべく買わないようにしたいです。

あと、すぐ飽きるという

自分の性質を直したい。

買うと決めたモノは、

できるだけお手入れして

使い続けたいです。

環境のためとか

大きな話ではなくて、

自分の心の平穏のためです。


コーディネートは、まずバッグから決める。

お金を使わない、と決めると

できることは当然、

限られてきます。

ショッピングはできない、

カフェも行けない、

映画も行けない、

友達とも、会えない。

 

『友達を呼んで、手料理でおうちバル』w

というのは雑誌企画みたいで

素敵ですけれど、

今の私にはハードルが高いです。

 

となると、

時間が結構余ります。

はっきり言って、暇です。

掃除、片付け、読書、勉強、

いくらでもやることは

あるはずなのですが、

平日の夜は

なかなかやる気が起きません。

 

今までなんとなく

ウィンドウショッピング、

なんとなくコンビニに寄る、

というふうに

時間の過ごし方自体も

本当にお金に依存、

買い物に依存してきたのだなあ、

とすごく実感しているところです。

 

そんな最近やっていることは

持ち物の再点検です。

クローゼントの中、

バッグの中、

雑貨が入っている押入れの中。

もともとこういうことが好きなので、

これは楽しい時間です。

 

クローゼットの中は

数は多いのですが、

今ほとんどお気に入りの服です。

それを見て、

ゆるりまいさんの

妄想ショッピングならぬ

妄想コーディネートを開始。

 

火事になっても

これだけは持ち出したい10選、

いつか行きたい

パリ旅行の時に着ていく10選、

痩せたら着たい10選、

などなど。

妄想はつきません。

 

コーディネートを考える時、

まずバッグを決めること。

大草直子さんが著書で

おっしゃっていたこと。

納得です。

 

 

ワードローブ、

コーディネートを考えるとき、

普通なら、

この服にぴったり合うバッグは。。

と考えてしまいますが、

何着、何コーデもある服ごとに

バッグや靴をきちんと

合わせようとすれば

それこそ何十個バッグがあっても

足りないでしょう。

妥協して合わないバッグを持てば

服もバッグも素敵に見えません。

 

逆に、厳選された素敵なバッグに

合う服だけを残す、

買い足す、

とうことをすれば、

服の数は適度に絞られ、

コーディネートは無駄がなく

その上、いつも素敵で

満足なものになります。

バッグに合う、合わない、

で服を選別するのです。

 

今私が持っているバッグは、

リュックを除くと7個です。

このどれかに合う服、

という視点で

去年から断捨離してきて、

去年から半分くらいになりました。

 

服の断捨離で、

ときめき、だけでうまくいかない人は、

バッグや靴に合うかどうか、

から考えてみるのもオススメです。

服自体は素敵で気に入っているけど

ほとんど着ない、

という場合、

合わせるバッグや靴がないのかもしれません。

 

1か月クレンジングをやめると、どうなるのか?

実は1か月前から

メイクのクレンジングを

やめました。

夜のスキンケアは

1、石鹸での洗顔

2、化粧水

3、サンホワイト

のシンプルなものです。

 

日焼け止めは

通年、アネッサの金、

その後、韓国製の練り状ファンデ、

アイブロウ、アイライナー、

アイシャドウ。

フルメイクしています。

 

当然クレンジングは必須。

汚れが残っていることで

肌が劣化するし、

どんな高価な美容液も効果半減!

美肌の女優さんのインタビューでも

まずメイクオフを丁寧にしっかり、

などと必ず書いてあるし。

 

だから、

クレンジングをしない、

という選択肢を

考えたこともなかったのですが

クレンジングで乾燥している、

ということも

薄々は気づいていました。。

 

汚れが残っている肌って

精神的にも衛生的にも、

よろしくない。とは思います。

けれどそれ以上に

肌を少なからず擦る回数が増える、

必要以上の脱脂力・洗浄力、

ケミカルな成分での刺激、

こそ、肌に良くないのではないか?

 

化粧水にも

界面活性剤は含まれていますが、

クレンジングや

石鹸ではない洗顔料に

含まれる界面活性剤は

汚れを落とす必要性や

洗い流す(肌に残すものではないから)

という特性上、

強い性質のものが使われがちです。

これが刺激になって

肌のバリア機能を低下させ

結果、乾燥を招いている場合があります。

 

そう思ってネット検索していた時

某皮膚科のHPで

肌をこすらない、

余計なケアをしない、

汚れは石鹸で落ちるもののみ

落とせば良い、

と自分が思っていることが

書かれていたのを見て、

クレンジングをやめてみました。

 

ただ、私はアイメイクをしているので、

さすがにそれは取りたいので

お風呂に入る前に

ポイントリムーバーを

コットンに出して、

アイメイクだけオフします。

その後、石鹸を

泡立てネットで泡立てて

顔を包むように

クルクルして

お湯で流しておしまいです。

 

1か月、

添加物や美容成分など

余計なものを含まない

脂肪酸ナトリウムのみの石鹸で、

夜1度だけ洗顔です。

朝は、石鹸すら使いません。

水で洗うだけです。

 

結果、率直に言うと、いいです。

まず乾燥しなくなったということ。

お風呂上りに顔を拭いた途端、

化粧水をつけずにはいられない、

というほど突っ張っていた肌が

今は、髪を乾かすとか

一通り終わった後まで待てるほど、

肌に余裕があります。

日中も乾燥しづらいです。

そして目尻のちりめんじわが

目立たなくなりました。

 

石鹸で1度洗ったくらいだと

汚れが日々溜まって

肌がくすみそう、

と思っていたのですが

そんなことはなく、

むしろ血色が良くなったような

自然な明るさとツヤが出ました。

 

こう書くと

いいことばっかりみたいですけれど、

悪い点を言うなら、

クレンジング剤に比べると

やはり汚れは落ちていない。

という点です。

アネッサ金は、

石鹸で落ちることにはなっていますが、

ファンデーションに含まれる

ポリマーや顔料は

落ちませんね。

 

ただそれを完璧に

全部落とす、という行為が

汚れを残すことよりも

自分の肌には

負担なのだと実感しました。

多少の汚れは放置でOK。

そういう結論です。

 

私はインナードライで混合肌、

目の下、頬、口元は

通年乾燥していて、

ちりめんじわが気になります。

額や小鼻周辺は

夏になると

油っぽくなります。

ニキビ・吹き出物は

年に一個できる程度。

角栓はできません。

 

なので、オイリー肌の方や、

ニキビ・角栓ができやすい方には

向かない方法かもしれません。

そして、私自身、

今はうまくいってるけど

これから春、夏、となったとき

これじゃ無理、

っていうトラブルが

発生するかもしれません。

肌質・季節によって

合う合わないがあると思うので

とりあえずの、人柱報告でした。

 

 

 

断捨離した本は図書館に寄贈する。

図書館に行くようになって

気づいたのが

本の交換コーナーです。

もういらないという本を

このコーナーに置いておくと

どなか欲しい方が

持っていくというもの。

公共の施設ってこういう

昭和のほっこり感が

まだ残っていますね。

 

本の断捨離について

ブックオフは買い叩かれるし、

本を神聖視しているわけじゃないけど

捨てるのはなんだか出来ない、

と思っていた時に

このコーナーを発見しました。

そうか。

断捨離した本は

ここに置かせてもらえばいいんだ♪

と心が軽くなりました。

 

タダ同然で引き取っておきながら

何十倍の値段をつけるような

買取には持って行きたくないのです。

それなら、この本を

本当に読みたいと思っている方に

持って行ってもらいたいな、

と思いました。

 

そうと決まると

断捨離もウキウキすすみます。

捨てるという罪悪感がないので

一気に30冊くらい、

手放そうと思う本が出ました。

 

ジャンルは、小説、ミニマリスト系、

断捨離系の実用書など。

特に感銘を受けた部分だけ

スキャナで残し、

本そのものは手放します。

 

一度に持っていくのは重いので

まず12冊だけ持って行き

交換コーナーに

置かせてもらいました。

 

それから図書館内をウロウロして

15分くらいして

出ようとした時のこと。

え??

思わず二度見してしまいました。

入り口近くにある

交換コーナーに置いた私の本、

すべて無くなっていたのです。

 

12冊も置いたのに!?

たった15分で、

それぞれの本を

本当に読みたいと思っている人が

そんなにいらしたんでしょうか??

 

多分違うな。。

よく見もせず、

とりあえずタダだから、

持って行ったのかな、と。

もっと言うと、

一人の方が全て、

持って行ったのかもしれません。

 

これは完全に妄想ですけれど、

もしそうだったらちょっと悲しい。

持って行った本を

ご自分で読むのか、

売るのかはわかりませんが。。

 

そしてふと見たコーナーの脇には

『寄贈をご希望の方はカウンターへどうぞ』

との張り紙が。

え。

寄贈すればよかったっっ!

と思ったのは言うまでもありません。

 

後で検索してみると、

断捨離系、ミニマリスト系の本は

50人待ちとか、

結構人気があるようです。

特に去年発行された有名どころの本は。

 

帰宅して確認すると、

残っている18冊の本は

去年の新刊、

綺麗な状態のものも多かったので

昨日、早速寄付に伺いました。

 

たとえ既にある蔵書でも

同じ蔵書が増えれば

競争率も緩和され、

より多くの人に読んでもらえます。

手放した本ですが

有効活用されると

気持ちがいいですね。